キャリアと進路 | APU 立命館アジア太平洋大学

研究と実践を両立する「アカデミック・プラクティショナー」になれるST。

今回は、サステナビリティと観光のプロフェッショナルとして活躍する3名のキーパーソンにお話を伺いました。
今、社会がSTに何を求めているのか。そして、STで学んだ先にどのような未来が描けるのかを探ってみましょう。
詳しくは、以下のボタンをタップしてご覧ください。

100年の「志」-サステナブルな未来の実装に向けて

日本最大手のJTBでは今、観光を含めたあらゆる交流を「持続可能な社会づくり」の手段へと再定義する組織変革が進んでいます。それは、単なる革新ではなく、「地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する。」という経営理念への原点回帰でもあります。
本記事では、JTBが歴史的に培ってきた理念と、現在のサステナビリティに基づく戦略的な取り組みを軸に、なぜ今、STで学びが求められているのかを、JTBグループ本社サステナリビティチーム統括の細野氏と担当マネージャー大森氏の言葉を交えて紐解きます*。

*役職は2026年2月の取材時点。

1. 創業から続くDNA:「地域とともに歩む」JTBの原点

JTBの歴史は1912年まで遡ります。「外国人誘致による国際親善」と「外貨獲得による経済発展」の旗印にもとにJTBは始まりました。観光とは単なる娯楽ではなく、国や地域の未来を切り拓くための「国策」であり、「公共性」の高い事業だったのです。
「地域とともに歩む」という精神は、時代を経て「交流創造事業」へと進化しました。現在、JTBは「交流創造事業」の中で、単なる旅行の斡旋ではなく、人・物・情報の交流を通じて地域課題を解決し、新たな価値を創出することを目指しています。
JTBでサステナビリティ推進を牽引する細野氏は、同社が掲げるサステナブルツーリズムの定義について次のように語ります。

サステナブルツーリズムとは、単に環境を守ることだけではありません。地域の文化、経済、環境のすべてを次世代につなぎ、旅行者と地域の双方が幸せになる状態を指します。その土地が持つ本来の価値を掘り起こし、持続可能な形で世の中に提示する『コーディネーター』であるべきです (細野氏)

JTBは現在、GSTC(The Global Sustainable Tourism Council® )の国際基準に準じた、サステナブルツーリズムを進めています。かつての「志」が、現在はグローバルな「基準」として明文化され、戦略的な事業運営の柱となっているのです。

2. 組織の変革:サステナビリティを「ジブンゴト化」する

理念を価値に変えるのは、現場の社員一人ひとりの行動です。JTBでは、全国各地の支店において、サステナビリティを「ジブンゴト化」するための徹底した浸透策と育成が行われています。
同社が力を入れているのが、従来の「営業職」の枠を超えた「観光開発プロデューサー」の育成です。彼らに求められるのは、地域の資源や魅力を掘り起こし、行政や住民、民間企業という異なるステークホルダーを巻き込んで、持続可能な地域経営をデザインする力です。
大森氏は、社内での意識変革とこれからの人材に求められる資質について、次のような期待を寄せています。

サステナビリティは、もはや一部の部署だけが考える特別なことではなく、全社員が日常の業務の中で意識すべき当たり前の価値観になりつつあります。特に若い世代には、社会課題を敏感に察知し、それを解決するためのアイデアを形にする『熱量』があります。私たちが大切にしているのは、地域の方々と同じ目線に立ち、課題を『ジブンゴト化』として捉える力です (大森氏)

この「ジブンゴト化」を象徴する取組が、「クセモノズ」プロジェクトです。瀬戸内海の「未利用魚」を地域の宝物に変えようとするこの挑戦は、JTBの社員が地域課題のど真ん中に入り込み、新しい経済循環を作り出した象徴的な事例です。

3. 現場で具現化する「共創」の形:SICSサステナブルラウンジ

JTBのサステナビリティ経営は、商品開発(旅マエ・旅ナカ)だけでなく、地域の「受け入れ態勢」の構築にも深く関わっています。その代表例の一つが、高松市中央卸売市場内に開設された観光交流拠点「SICS(シックス)サステナブルラウンジ」です。
ここは、市場の廃材を活用して再生した空間であり、地域住民と旅行者、さらには地元のクリエイターが交差する「共創の場」です。JTBの社員はここでコンシェルジュとして活動し、地域の日常にある魅力を深く体験できる仕組みを整えることで、観光収益を確実に地域へ還元するモデルを追求しています。
細野氏は、こうした「地域還元」の重要性を強調します。

観光によって地域が疲弊しては意味がありません。オーバーツーリズムを防ぎ、地域の文化や暮らしが守られ、そこに住む人々が『観光客が来てくれてよかった』と思える仕組みを作ること。それが私たちの使命です (細野氏)

このような「泥臭くも誠実な地域密着」こそが、JTBが100年以上かけて積み上げてきた信頼の証であり、他社には真似できない強みでもあります。

4. フィールドワークが生む「現場力」:STの学びがリアルにつながる力へ

JTBが今まさに現場で実践している「サステナビリティの社会実装」という高度なミッション。これに応えるための「現場力」を、サステナビリティ観光学部の学生たちは「フィールドワーク」を通じて磨き上げています。
APUの教育において、フィールドワークは単なる「見学」ではありません。学生たちは、国内外の観光現場に自ら足を運び、理論が通用しない「生きた課題」に直面します。

  • 「多様性」を力に変える合意形成力:

    細野氏が説く「地域の幸せ」を実現するためには、住民の本音に耳を傾ける力が不可欠です。多文化な背景を持つAPU生が、地域の生活に深く入り込み、対話を重ねることで、既存の観光開発では見落とされがちな「地域の真の価値」を発見する力が養われます。

  • 課題解決のプロトタイピング:

    「クセモノズ」のような革新的な取り組みには、試行錯誤し続ける忍耐力が必要です。STのフィールドワークでは、現場で見つけた課題に対し、学生自らが解決策を提案し、検証します。この「机上の空論で終わらせない」訓練こそが、即戦力となります。

  • 国際基準のローカライズ:

    「社会課題を解決する力」は、GSTCのような国際基準を、日本の地方の現場に即した形に翻訳するプロセスで磨かれます。フィールドワークを通じて、理論と現実のギャップを埋める思考力を手に入れるのです。

5. 結びに:次世代のチェンジメーカーたちへ

JTBの社内では、細野氏や大森氏のように、観光の力を信じ、地域の未来を切り拓こうとするプロフェッショナルたちが、日々挑戦を続けています。
JTBという組織が、その内側から本気でサステナビリティを追求し始めた今、そこに必要なのは、現場で人々と対話し、課題の本質を捉え、行動できる若きリーダーです。フィールドワークで培った「現場感覚」と、STでの「専門知」を携えた卒業生たちの活躍は、日本の地域の未来を明るく照らす確かな希望となるでしょう。

【 協力 】
株式会社 JTB
【 筆者 】
三輪 仁志

立命館アジア太平洋大学
アドミッションズ・オフィス(国際) シニアアドミッションズカウンセラー

(本インタビューは2026年2月に実施したものです。)

温泉観光から「ウェルネス産業」へ。
別府市が挑戦する、温泉文化のリブランディング

日本屈指の湧出量を誇る温泉都市、大分県別府市。今、この街は単なる「観光地」としての枠組みを超え、大きな変革の渦中にあります。その旗振り役を担うのが、別府市役所の「新湯治・ウェルネス推進室」です。
和田推進室長へのインタビューから見えてきたのは、伝統的な温泉文化を守りつつ、それに科学的に多角な見方を加えることで、温泉文化の価値を再定義しようとする、行政の枠を超えた野心的なビジョンでした。そして同時に、そのビジョンを実現するために、現場が欲している人材の姿も浮き彫りになりました。

1. 「入浴」を「健康」へ。別府市が推進する「新湯治・ウェルネス」の本質

世界的にウェルネスへの意識が高まり、ウェルネス消費とよばれる経済圏も飛び出すほど。別府市が掲げる「新湯治」とは、単に温泉に入ってリラックスすることではありません。温泉が持つ成分や効能を科学的根拠(エビデンス)に基づき数値化し、食事、運動、睡眠、そして地域との交流を組み合わせた「総合的なヘルスケア・プログラム」として再構築する試みです。

さらにインタビューから見えてきたのは、これは単なる「ヘルスケア・プログラム」の提供ではなく、地域では「当たり前」と思われている温泉文化に多くの付加価値を与え、それを地域の文化としてたしなむことまで目指した次世代の温泉都市を目指すものです。
和田氏は新湯治・ウェルネスの面白みを次のように語っています。

温泉について、どのような効果を及ぼすのか様々な角度から検証を行っている。地元大学の研究機関と協働で、腸内環境に与える影響や肌に与える影響、地獄蒸し料理の泉質による違いなど、様々なファクトを提案することで新たな温泉の楽しみ方を提案していく。温泉を通したウェルネスはヨーロッパで多くみられる文化だが、別府の温泉街としての規模はそういった地域と比べても大きい。そんな温泉街でウェルネス観光を振興することは、大きな強みになると思う。

この背景にあるのは、従来の「一泊二日の消費型観光」の限界です。別府市は観光で有名な街ですが、平均宿泊日数は1.09日と短く、経済規模が広がらないことも課題でした。さらに、人口減少や価値観の多様化が進む中、地域が持続していくためには、滞在期間を延ばし、より高い付加価値を提供できる「滞在型・貢献型観光」へのシフトが不可欠となります。
別府市は今、その打開策として、温泉を「楽しむための資源」から「ウェルネス(心身の健康)を創造する地域産業」へと昇華させる資源のリブランディングを推し進めている。

2. 資源を社会実装する行政のリーダーシップ

なぜ今、伝統ある温泉文化に、あえて科学的なアプローチを加える必要があるのか。推進室長の和田氏は、その真意を次のように語ります。

別府には古くから湯治文化が根付いていますが、これまでは『温泉はなんとなく体にいい』という、いわば感覚的な理解に留まっていました。しかし、別府の強みは他に類を見ない多様な泉質にあります。それぞれの泉質が持つ具体的な効能をデータとして示すことができれば、湯治客は自分の体調や目的に合わせて、自ら最適な温泉を『選ぶ』ことができるようになるのです

これまでも温泉に関する学術的な研究は長年行われてきました。しかし、それらの多くは研究機関の中に留まり、実際のサービスや日常の入浴体験に結びつく「社会実装」にまで至っていなかったのが実情です。
そこで別府市は、行政が「つなぎ役(コーディネーター)」となることで、象牙の塔にある研究成果を実社会へと引き出し、新たなウェルネス体験として市民や観光客に還元する仕組みを構築しています。
また、別府市が目指すウェルネスは、一部の層だけが享受する限定的なものではありません。昔から外の人を温かく迎えてきた別府は、現在も外国籍の住民や障がい者雇用など、多様な人々が共生する「インクルーシブ(包摂的)な社会」の先駆者でもあります。
多様なバックグラウンドを持つ人々を地域のステークホルダーとして巻き込み、協働していくことは、これからの地域経営において避けては通れません。行政という立場だからこそ、特定の便益に偏ることなく、公平・公正な視点でこのプロジェクトを推進し、すべての市民にとって価値のあるものにする責任があります。そのため、一時的な事業の成功のみではなく、サステイナブルな取組とすることも重要です。

単なる「お湯」を、科学と包摂性の力で「地域の新たな文化・価値」へとリブランディングする。この難易度の高いミッションを完遂するためには、既存の行政の枠組みを超えた、柔軟で高度な調整力が現場に求められているのです。

3. 求められている人材

しかし、この壮大なビジョンの前には、既存の観光業界や行政の枠組みだけでは限界があります。インタビューから分析すると、現在、地域には以下の3つの能力を併せ持つ人材が求められています。

  • 異分野を繋ぐ「調整力」

    「新湯治」を成立させるには、旅館経営者、医師、健康機器メーカー、ITエンジニア、そして行政職員といった、全く異なる言語を話す人々が連携し、経済効果を生む構造を生み出すことが必要です。こうした「セクターを超えたハブ」になれる専門人材が求められています。

  • データに基づいた「企画・マーケティング能力」

    これまでの観光は「経験と勘」に頼る部分が多くありました。しかし、ウェルネス観光においては、「この滞在で血圧がこれだけ改善した」「この泉質はこういう層の未病対策に効く」といったデータの活用が必須です。客観的な数字を読み解き、それを顧客への価値に変換するマーケティングの力も必要です。

  • 持続可能性(サステナビリティ)への深い洞察

    地域資源である温泉は無限ではありません。また、観光客が増えることが地域住民の負担になっては本末転倒です。環境負荷を抑え、地域文化を尊重しながら経済を回す。「サステナビリティ」を単なる流行語ではなく、ビジネスの前提条件として設計できる視点が不可欠です。

近年、データサイエンスや技術力を持つ理系人材の重要性が強調される傾向にありますが、実際のプロジェクトを「社会実装」という成功に導くために不可欠なのは、人文社会系分野が培ってきた「言語化する力」と「人間的な調整力」に他なりません。

科学的なエビデンスがどれほど精緻であっても、それを人々に伝わる言葉に変換し、現場の納得感を引き出せなければ、プロジェクトは形骸化してしまいます。これは「理系か文系か」という二元論的な優劣の問題ではなく、異なる専門性を繋ぎ合わせ、一つのビジョンへと統合するための、どちらが欠けても成立しない資質なのです。
特に、別府市が推進する「新湯治・ウェルネス」のように、多様な価値観が交錯する地域課題においては、この「人間中心の調整力」こそが、理論を現実の熱狂へと変える最大の鍵となります。

4. 別府の未来は「共創」のフェーズへ

別府市役所の新湯治・ウェルネス推進室が描く未来図は、非常に緻密で、かつ野心的なものです。しかし、その絵を動かすための「エンジン」となる人材は、まだ十分に足りていません。
サステナビリティ観光学部の強みは、地元にあるからという理由だけに留まりません。彼らの学びの「構造」が、別府の課題解決に直結しているのです。

  • 多文化環境で培われる「共生・調整のプロトタイプ」

    世界各国から学生が集まるAPUのキャンパスでは、日常が「異文化・異分野との調整」の連続です。背景の異なる他者と合意形成を行うプロセスを4年間繰り返してきた学生にとって、地域の多様なステークホルダーを繋ぐことは、彼らの「日常の延長」にあります。

  • 「観光×サステナビリティ」を体系的に学ぶ唯一性

    多くの観光学部が「おもてなし」や「集客」を主眼に置く中、APUの同学部は「サステナビリティ(持続可能性)」を学問の核に据えています。環境保全、地域経済の自立、文化の継承。これらを矛盾させずに統合する思考法は、別府市が「新湯治」を通じて実現しようとしている「持続可能な地域づくり」そのものです。

世界水準の「サステナビリティ」の視座を持ち、多様な人々を繋ぎ、エビデンスに基づいて価値を創出する。APUサステナビリティ観光学部の学生たちが、別府というフィールドでその専門性を発揮することは、もはや単なる「学生の社会貢献」ではありません。
それは、別府という街が「世界一のウェルネス・シティ」へと進化するために、論理的にも実務的にも不可欠な、必然のピースと言えるのではないでしょうか。

【 協力 】
別府市役所
【 筆者 】
三輪 仁志

立命館アジア太平洋大学
アドミッションズ・オフィス(国際) シニアアドミッションズカウンセラー

(本インタビューは2026年2月に実施したものです。)

「見せるため」に守り抜く:
阿蘇くじゅう国立公園の共生とパートナーシップの流儀

  • 【語り手】 笠原 綾

    環境省 阿蘇くじゅう国立公園管理事務所 所長

  • 【聞き手】 三輪 仁志

    立命館アジア太平洋大学(APU)職員

1. 自然を守る「だけ」ではない国立公園

本日はお時間をいただきありがとうございます。別府を拠点とするAPUにとって、阿蘇くじゅう国立公園は学生のフィールドワークや観光の拠点として非常に身近な存在です。まず、笠原 所長が率いる管理事務所がどのような役割を担い、日々どのような視点でこの広大なエリアをマネジメントされているのか、お聞かせください。

私たちの仕事を一言で表すなら、国立公園の優れた自然景観を守りながら、同時に人々が自然とふれあえるよう、その利用を支えていくことです。国の行政機関として、主に「自然公園法」に基づき、国立公園の管理・運営に携わっています。

日々の業務の一つが、公園内における各種許認可事務です。たとえば、国立公園の景観や自然環境に配慮した形で工作物を設置する場合、その内容を審査し、必要な許可を出します。書類による審査が中心ではありますが、実際の状況を確認するために現地へ足を運ぶことも少なくありません。また、登山道や標識、ビジターセンターの整備・維持管理など、利用者が安全に自然を楽しめる環境を整えることも、私たちの重要な役割です。

現場において私たちが最も心血を注いでいるのは、単なる事務手続きではありません。「自然を守ること」と「人々に活用してもらうこと」。時に相反するこの二つの目的を、いかに両立させるかが常に問われます。その最適解を探り続けながら、地域の方々と協働し、国立公園の現場に茎会っていくことこそが、私たちの本質的な仕事だと考えています。

2. 千年続く「人と自然の共生」:日本とアメリカの対比から見える阿蘇くじゅうの姿

自然保護の文脈では、よくアメリカのイエローストーンなどの事例が引き合いに出されます。日本の国立公園、特にここ阿蘇くじゅうの管理形態は、欧米とはどのように違うのでしょうか。

それはまさに、日本の国立公園を理解するうえで欠かせない視点です。アメリカのように国土が広い国では、国立公園の多くが「公有地」で構成され、人がほとんど住んでいない広大な土地を区域として囲い込み、保全する「営造物型(えいぞうぶつがた)」と呼ばれる管理方式が主流です。
一方、日本の国立公園は、土地の所有区分に関わらず、優れた景観を有する地域を指定する「地域制」を採用しています。そのため、公園内には多くの「私有地」が含まれ、そこでは代々暮らしてきた地域住民の方々の生活や事業者の活動が続いています。地方公共団体も含め、多様な主体が関わっている点が大きな特徴です。
この「土地の所有者と、管理を担う行政が異なる」という構造こそがが、日本型国立公園の難しさであり、同時に面白さでもあります。法律を根拠に、行政が一方的にルールを示すだけでは、現場は決して動きません。実際に足を運び、農家の方や事業者の方々と顔を合わせ、対話を重ねながら、ひとつひとつ調整していく。正解があらかじめ用意されていない「合意形成」のプロセスには、どうしても時間が根気が求められます。
アメリカのパークレンジャーが主に原生的な自然の保護に力を注ぐのに対し、日本の国立公園管理では、自然と人、さらには人と人との関係をどう調整していくかが、仕事の大きな比重を占めます。この地道な調整のつく重ねなしに、日本の国立公園管理を前に進めることはできません。

補足:日本とアメリカの国立公園管理の違い

項目 日本(阿蘇くじゅう等) アメリカ(イエローストーン等)
管理形態 地域制(Zonal System) 営造物型(Proprietary System)
土地所有 公有地と私有地が混在 ほぼ全域が国・政府所有
管理の焦点 保護と利用の推進、好循環 原生自然(ウィルダネス)の保護
保護の目的 傑出した自然の風景地の保全 原生的環境の不変的な保存
パートナーシップ 地域・企業・大学等との共創が不可欠 政府による垂直的な管理が中心

「地域制」だからこそ、人と自然の関係も密接なのですね。阿蘇くじゅうならではの景観の価値については、どのようにお考えでしょうか。

阿蘇くじゅう国立公園の最大の特徴は、「火山と人との共生」にあります。世界有数のカルデラと、その周囲に広がる広大な草原は、一見すると「手つかずの自然」のように見えるかもしれません。しかし実際には、これらの草原は、千年以上にわたって続けられてきた「野焼き」や「放牧」といった農畜産業の営みにより維持されてきました。
もし人が自然に関わることをやめてしまえば、草原はたちまち藪(やぶ)となり、最終的には森林へと遷移していきます。その結果、草原にしか生育・生息していない希少な動植物も姿を消すことになるでしょう。つまり、私たちが目にしているこの美しい景観は、自然の力だけで生まれたものではなく、人の営みとともに形づくられてきた「二次的自然」なのです。
アメリカが象徴する「手つかずの野生」を守る国立公園のあり方とは対照的に、阿蘇くじゅう国立公園では、人の営みと共にある自然を、いかに次世代へつないでいくかが問われています。この循環こそが、阿蘇くじゅう国立公園が世界に誇るべき文化的景観の価値だと考えています。

3. 「共生」の保護:価値を磨き、感動を紡ぐ

自然保護というと、どうしても「人を遠ざける」イメージがありますが、笠原所長のお話からは「積極的に見てもらいたい」という情熱を感じます。

おっしゃる通りです。私たちの活動は、自然をただ封じ込めるためのものではありません。むしろ、この阿蘇くじゅう国立公園の風景に多くの人が感動し、体感して頂くためにも、最高の状態で保全し、磨き上げています。
自然を正しく保護することは、その場所が本来持っている価値や魅力、最大限に引き出すことに他なりません。たとえば、野焼きを続けて草原を維持することは、地域の方々の生業を支えるためであると同時に、訪れる人に阿蘇くじゅうならではの圧倒的な開放感と美しさを感じてもらうためでもあります。登山道の整備も同様で、山の生態系への負荷を抑えながら、安全に、そして山頂からの最高の景色を楽しんでもらうことを目的としています。

長い年月にわたり、地域の方々をはじめ、多くの人の手で守られてきた自然があるからこそ、本物の感動を生み出すことができます。そして、その感動を味わった人が「この場所を大切にしたい」と思ってくれる。その思いが次の保全につながっていく。私たちがめざしているのはこうした好循環を生み出すことです。自然の保護を通じて、人々が自然とより深く結びついていくことを願っています。

地域には様々な考え持つ方たちが共存する中で、外からきた誰かがリードする難しさもよく耳にします。阿蘇くじゅう国立公園では、どのように解決策を講じているのでしょうか?

地域には、それぞれ固有の歴史や伝統、文化があります。私たちはまず、それらを理解し、尊重することを大切にしています。そのうえで、自分たちが「管理する側」として構えるのではなく、地域の一員として日常の中に入り込み、関係性を気づいていくことを心がけています。
地域の方々の暮らしに触れることで、地域社会や地域経済への理解が深まり、それに即した取り組みができるようになります。地道ではありますが、草の根のつながりを積み重ね、実際の行動を通じて、「やってよかった」と思ってくれる仲間を少しずつ増やしています。遠回りに見えるかもしれませんが、それこそが私たちにとって欠かせないプロセスだと考えています。

4. 仕事としての「難しさ」と「やりがい」

異なる立場の人々をまとめる「合意形成」が仕事の核心とのことですが、その難しさと、逆にこの仕事をしていて「良かった」と感じる瞬間について教えてください。

一番の難しさは、やはり「これが正解だ」と言い切れる答えがないことです。たとえば、草原を守るために欠かせない野焼き一つをとっても、農業の形態が変わり、高齢化が進む中で、もはや地元の方々だけで継続することは限界に近づいています。そこに外部のボランティアにどうかかわってもらうのか、あるいは新しい観光の仕組みを取り入れて資金を確保するのか。伝統を守りたいという思いと、変えなければ維持できないという現実の狭間で悩み、葛藤を地域の方々と共有する日々は決して簡単なものではありません。
ただ、だからこそ、この仕事をしていて「良かった」と思える瞬間も、他には代えがたいものになります。粘り強く話し合いを重ねた末に、地域の方々から「それなら、一緒にやってみよう」と言っていただけたとき。そして、その取り組みの結果として、野焼きで黒々と焼けた大地から春に青々とした新芽が吹き出す光景を目にした時。その圧倒的な生命力と美しさを前にすると、自分たちの仕事が、この風景を未来へとつなぐ一助になっているのだと実感できます。その瞬間に感じる手応えこそが、私にとってこの仕事の一番のやりがいです。

5. 共創の鍵:国立公園オフィシャルパートナーとは?

地域の担い手不足や持続可能性といった課題に対し、近年では「国立公園オフィシャルパートナー」という枠組みが注目されています。APUも参画していますが、企業や大学などのパートナーが果たすべき役割について、どのようにお考えですか。

これからの国立公園管理において、行政、地域住民、そして各分野で専門性を持つオフィシャルパートナーの三者が連携することは、欠かせない要素になっています。
現在、環境省では、企業や団体とパートナーシップを締結し、国立公園の魅力を国内外に発信する「国立公園オフィシャルパートナーシッププログラム」を推進しています。私たちがパートナーの皆さんに期待していることは、単なる資金的な支援ではありません。それぞれの組織が持つ「強み」や専門性を活かした共創です。
たとえば企業であれば、その広いネットワークや発信力を通じて、「阿蘇くじゅう国立公園」というブランドを世界に届けることができます。一方、APUのような大学であれば、多様な文化的背景を持つ学生の視点から新しい体験プログラムを生み出したり、研究や科学的な知見からを通じて、地域課題の解決策を提示したりすることが可能です。
行政だけでは届かない人々に魅力を伝え、行政だけでは生み出せない発送を形にする。オフィシャルパートナーは、国立公園という日本の宝をより輝かせ、世界中から人々を呼び込むための、まさに最強の「伴走者」だと考えています。

6. 1000年の景観を、あなたと共に

最後に、これから社会に出ていく若者たちや、パートナーとして共に関わる方々へメッセージをお願いします。

私たちが今目指しているのは、観光を「消費」ではなく、自然保護への「投資」へと転換することです。具体的には、持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)の仕組みを、この地で実現していきたいと考えています。自然をただ眺める対象として終わらせるのではなく、その保全や維持管理に、訪れる人自身が関わっていくような「好循環」を生み出していくことが、これからの国立公園には求められています。
まずは、皆さん自身の宝物といえる国立公園を、実際に訪れてほしいと思います。その美しさに感動して頂きたいです。自分の足で歩き、火山の息吹や草原の広大さを肌で感じること。そこから「この場所を大切にしたい」という気持ちを持っていただけたらうれしいです。
阿蘇くじゅう国立公園を大切に思う気持ちを一人、また一人と増やしていくこと。それが、この1000年続いてきた景観を、次の1000年へとつないでいくための第一歩になります。阿蘇くじゅう国立公園は、APUのサステナビリティ観光学部にとっても身近なフィールドであり、学びの要素が凝縮されたフィールドワークの場です。ぜひ、ここでの学びや経験を通じて、この宝物を一緒に磨き上げ、世界中の人々へその感動を届けていけたらうれしく思います。

【 協力 】
環境省 阿蘇くじゅう国立公園管理事務所
【 筆者 】
三輪 仁志

立命館アジア太平洋大学
アドミッションズ・オフィス(国際) シニアアドミッションズカウンセラー

(本インタビューは2026年2月に実施したものです。)

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ST 模擬講義

BOUKAMBA Kimo Hermann 准教授

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